仕事と家庭

子育て
仕事と家庭

聖性につながる活動である仕事についてこの記事は、仕事と家庭生活の両立に焦点を当てています。

まなざし

信仰を知る
まなざし

他の人を見る、キリストを見る、自分が見られる...。この記事では、観想する(何よりも神を観想する)とは、見ることを知り、人生をより美しくする清い目を持つことを意味すると説明されています。

魂は躍る 。疲れと休息 (II)

人格形成
魂は躍る 。疲れと休息 (II)

常識、朗らかさ、他者の受け入れというキーワードをもって、この第2部では、仕事と並んで生活の中で必要とされる休息のいくつかの面について書かれています。

生きるための教育

子育て
生きるための教育

子供たちを大切にするということは、子供たちが自分自身をコントロールできるまで育てること、つまり自由な人間にすることです。 「家族と子育て」についての記事。

読書-1、私たちの世界地図

人格形成
読書-1、私たちの世界地図

人間の視野や知識はそれ自体ではとても限られた狭いものであるが、聞くことと読むことはそれを広げてくれる基本的な習性である。そのうえ、私たちの展望を豊かにし、現実世界の複雑さと単純さを理解あるためにも役に立つ。本の洪水の中でおぼれず、成長するために読む。

ビデオ

属人区長の書簡

属人区長のメッセージ(2017年11月1日)

確かに、疑いや問題や心配の只中にあっても喜んでいることが可能なのです。すべての人に伝えるために、神の喜びを与えてくださっています。

 諸聖人の祭日は、控えめで簡素な聖性を祝うものです。人間的な輝きのない聖性は、歴史に跡を残さないように見えます。しかしながら、主の前には輝きを放ち、決して消えることのない神の愛の種をこの世に残します。多くの人たちがすでにこの道を歩み、今は神の喜びのうちにいることを考えるとき、聖ホセマリアの祈りの言葉を思い起こします。「日に何度も自分に問いかけます。神のすべての美しさ、すべての善、すべての無限の驚異が、私という ―私たち皆がそうですが― 貧弱な土の器に注ぎ込まれるとは、どのようになることだろうか、と。(…)そうすると、「目が見もせず、耳が聞きもせず」(1コリント2:9)というあの使徒の言葉がよく理解できます。やる価値のあることです、子どもたちよ、価値あることです。」

 私たちは貧弱な土の器です。弱くて砕けやすい器です。しかし、神は私たちをご自分の幸せで永遠に満たしてくださろうと呼んでくださったのです。この地上においてすでに、すべての人に伝えるために、神の喜びを与えてくださっています。確かに、疑いや問題や心配の只中にあっても喜んでいることが可能なのです。コルカタのマザー・テレサは言いました。「本当の愛とは、私たちに痛みを与えるものであり、痛みと同時に、喜びを与えるものです。」私たちの生活と祈りによって、死者の方々に寄り添いましょう。神のすべての美しさのためにはまだ準備不足の〈土の器〉であるがゆえに苦しんではいても、天国で神が待っていてくださると知っている喜びをすでに味わっている人たちのことを。


   フェルナンド

   ローマ、2017年11月1日